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これは罪なんだろうか? わかっていながら、心を痛めることをすることが? きみを究極的に、最高で最低の気分にさせることが? 髪の毛と声の半分(日本語はこれからはきみのため)だけ、あげてしまうことが? もう、くれた左手で首をしめてくれたらいいのに、とか思う。
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きみが得たもの = わたしの髪の毛と声の半分
わたしが得たもの = きみの左手
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わたしの好きなきみ。「わたしのきみの左手が、きみのわたしの髪の毛を」撫でているところを想像しています。なんてややこしいんだ。そんなんなら、両者とも主体性を失くして、ひとつになってしまえばいいような気がする。そうすれば、二人でなんだってできる。誰のことを気にすることなく。でもそうは行かない。なんなんだ、一体。くそう。
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「そうだ、恋とはこういうものだった!
なんだ、ひどく辛いところだな。
なのに世界が表情に満ち満ちている!
悲愴も、昂揚も!
そのペンの先にまで!
すべてにすべてが備わっている!」
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苦しいのにこんなにうれしいのは変だ。きみに幸福を与えているみたいなのに、きみはどうも傷だらけだ。わたしはもっともっと書くべきだし、きみにはもっともっとタフになってほしい。雨がやんで雲がながれて空がはれて虹がのぼるまで。
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「ふたりで、こんなにきれいなものを見れたから、
もう死んでもおかしくないね、って言える日まで。
もしくは白い雪に降りこめられて、
もうどこにもいかないくていいね、と確信するときまで」
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ああ、わりにいい人生かもしれないな。なにしろ好きなひとに好かれているし、好きなひとはとても素敵だし、わたしの話をちゃんときいてくれる。最後の、最後まで。たびたび思いだすことができて、そういうのがとてもうれしい。それに、きみはいままで出合ったどの女よりもわたしのことが好きみたいだし、きみに好かれるわたしを、わたしはずいぶん誇らしい。
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「好きっていいね。
自信があるのもいい。
この上なく、すばらしい」
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約束しようかな、気軽な気持ちで、それでもきみのために心から。
それでは、また、すぐ。
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▲ | reblogみんな最後には死ぬよ、きみの知っている人たちみんな、最後には死ぬ、みんなそれに気がついてるかい、みんな最後には死ぬよ、きみはそれに気がついてるかい、と誰かが歌っているのを耳にした。ああ、いいなあと思ったから僕は君に言う。とても暖かな空間で、とても優しげな歌声で聞こえてきたから、言おうと思って、言う。
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「みんな最後には死ぬよ、そしてきみもそれに気がつくんだ」
すると君は大きな声をあげて笑う。
「あなたそんなことも知らない? みんな歌ってるのに。そして I do. I do realize that, and I will die. 」
それから喉を一度ならして一度下を向き、それから顔を上げて僕に言う。
「でもあなたは違う。あなたは死なない。I do, and you dont. 」
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昨日は月曜日で、午後八時に家に戻ると、いつものように靴を一足ずつ手に持ち磨いた。パペットのような靴磨きの手袋でさする。動かさないと動かない動物。
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「とりあえず昨日見た夢のことを話す。わたしはお母さんといた。実家のリビングで、わたしはお母さんに話しかけた。スプーンはこれでいいの?と訊いた。するとお母さんはちょっと気を悪くしてわたしにそっけなく、そうよ、とだけ言った。それを聞いたお父さんは怒った。君、何もそんなふうにつんけんしなくてもいいじゃないか。そうしたらお母さんはぎゃっと悲鳴をあげて、リビングを飛びだし、靴を履かずに玄関のドアを押しあけてそのまま そのままよくわからないからわたしは追いかけた。わたしは、ほとんど、お母さんが玄関のドアを開けるのに間に合った。それからまた、よくわからないいうちにお母さんが うちの玄関は二階にあるの。一階が半地下になっていて、そこでお母さんは子どもたちに何かを教えていた。それで、玄関を出た手すりから身を乗りだして、わたしが手を伸ばす直前にするりと ごく自然だった。箸から麺がすべりおちるみたいに 下の野原に落ちていた。わたしは声をあげようとしたけれど、当然こういうときは声がでないの。わたしは喉を指でかきむしって、太ももを拳でばたばた打ちならして誰かを呼ぼうとした。と同時に眼下に目を向ける。ほんの数メートルだった高さが、いつのまにか数十メートルになって、わたしと母の距離はもう遠い。誰の声もそこにない。わたしは拳を手すりに移動しそれを今度は斬りつけるように叩きならす。父が駆けつける。わたしと目を合わせる。すべてを承知する。わたしは足で地面を叩きつけ、拳でひざを、ももを、自分の腕を打ち、全身で音をたてる。髪の毛ですら 髪と髪が触れ合う音 さらさらと冷たい音をたてる。わたしは起きている。もう起きていて、声をあげている。隣に寝ているあなたがわたしを見ている。心配そうな面持ち。わたしはわかった上でもう一度声をあげる。 うわあああああ うわああああ ひとしきり声をあげてわたしは夢とじぶんとを切り離す。で、あなた。あなたはそのあいだじゅう生きていて、わたしは少しだけ死んでいた。」
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幸福の響き。不幸の嘆き。そして幸福でも不幸でもない季節。
You are incredible.
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僕は磨いたばかりの靴の一つに一方の足を差し込む。その足を前後に動かして僕は静物を生物にする。死んだり、生きたり、忙しい月曜の夜。
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「わかった。じゃあ僕は死なないことにする。とても残念な知らせのように聞こえるな」
僕は僕がどんな表情でそれを言うのかわからない。君の顔つきも変わらない。
「あなたは死なない。でも死んだっていい、なんだっていい、あなたがここにいればいい」
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死と生に切れ目を一筋。僕が見ている夢。太陽が手を伸ばし僕の頬に触れる。その音。君が自由に割れていく様。
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The Flaming Lips with Edward Sharpe and the Magnetic Zeros
-Do You Realize?
http://www.youtube.com/watch?v=24QePZbmzz4
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▲ | reblog一度もみたことがないけれど、それでもわたしは知っている。海の青さを、その煌めきを、波が描く模様も太陽が溶け込む様子もその境界も泡の立ちかたもすべて、うつくしいのだとわたしは知っている。そういう感覚。
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「視覚をはじめから持たないひとが何をうつくしいと感じるか」そういうことが、ソフィ・カルには気になった。だから彼女は訊いた。生まれつき盲目の人々にたずねた。そこにはためらいがあったと聞く。あんなにつよくて大胆そうな彼女にも。「あなたがうつくしいと思うものは何か?」
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1年間にわたって、たくさんの盲人たちにその質問をぶつけた。ある人にとっては水槽の金魚であり、ある女性は青い目をした男の人だと答える。そしてある男性はそれを断念したのだと言う。うつくしいものを断念した、わたしは美を必要としない、と。
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そして、ある一つの答え。「わたしがうつくしいと思うもの、それは海です。視界の果てまでずっと広がる海」
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わたしはこれを読んで、ぶるぶるした。髪の毛のさきっぽからつま先、指いっぽん一本に電気が走った気がした。暗闇で、わたしが光に満ちた。誰かの言葉で、こんなにショックを受けたのは初めてだったかもしれない。わたしが知らない人の言葉。詩でもなく、文学作品の一節でもなく、ある一人の、出合うことはきっと一生ない、名前も知らないある盲人の言葉。わたしは何度もその言葉を思った。海、海、海。わたしがうつくしいと思うもの。視界の果てまでずっと広がる。海、うつくしい、海。
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わたしは、みたことがなかった。うつくしい海を。海ならそこらじゅうにあった。わたしが育った町は三浦半島の先端で、屋根裏からいつも海がみえた。夏には友だちの父が近所の子どもたちを海につれだし、バフンウニを穫ってその場でわって中身をたべたし、岩場に張りついたカメの手を千切って持ち帰り、みんなで塩ゆでにして食べた。そこらじゅう海のにおいがしていた。その海は、べつにうつくしさとは関係がないようだった。そのころのわたしにとって、海はちょっとした旨みであった。
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留学先に選んだのはロサンゼルスだった。わたしはそのばかでかい街に4年間住んだ。家からも学校からも、車を走らせればすぐ海があった。ビーチ、太陽、車。そんな生活だった。その一つが欠けたら、もはやロサンゼルスではなかった。わたしにとっての、ロサンゼルス。でもわたしは海がきらいだ。泳げないから。水着もとてもきらいだ。わたしはいつだって靴下をはいていたい。そのころのわたしにとって、ビーチは偽りの享楽だった。暇さえあれば、ビーチに行く。そこしか行く場所がないのだ。
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たしかにロサンゼルスで、海はきれいに輝いていた。海にいるひとたちは健康的だった。負の要素がなかった。思い出すのは、ある12月24日のクリスマスイブの日、友だちと一緒にManhattan Beachで昼寝をしたこと。冬とは思えないほど、暑かった。わたしたちはタンクトップで、ビーチサンダルを履いていた。じんわりと身体をあたためる白い砂の上に座りながら、わたしは一体こんなところで何をやっているんだろう、と思った。すべてがばらばらになりはじめていた。
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地元・三崎・油壺の海もきれいだった。近所にはヨットハーバーがある。たくさんのマストが並んで空へ突きだし、その奥、ちょうど真ん中に富士山が浮かんでいる。湾のなか、波はなく、周りを囲む緑が深い。たしかに、とてもきれいな光景だ。
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わたしは一体何を見逃していたんだろう?わたしの目の前に、いつも海は広がっていた。視界の果てまで、ずっと。だけどそこにあの言葉はなかった、うつくしい、という一つの単語。
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そして、海は当然のようにうつくしい。当然のようにうつくしい。当然のようにうつくしい。
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これが曲者なのだと思った。わたしは先に知っていた。海は当然のようにうつくしいものだ。危険も恐怖も沈黙も暗黒も深淵も凶暴さも全部ふくんで、海は当然のようにうつくしい。わたしの視覚は、言葉に負けた。そして今、その盲人の言葉をきいて、わたしは再びつよく打たれる。わたしは目を閉じる。わたしも彼と同じものを想像する。果てしなく広がる、うつくしい海。だけど思い出が邪魔をした。わたしがみてきたものと感じてきたこと、それがどうしても離れてくれない。海を思うと心細い小学生の気持ちになる。海を思うと居場所を失くした留学生の気持ちになる。たまの享楽と多くの不安。わたしはたいてい、そんな風に暮らしてきた。それが、海のイメージにくっついてほどけない。うつくしい、だけでは、海が語れなくなっている、そんなようだった。
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原美術館、ソフィ・カル『最後のとき/最初のとき』は、その盲人とうつくしい海の写真からスタートした。それから、初めて海をみる人々の表情を捉えた映像が映しだされる。わたしたちは彼らの背後に立ち、何度もみたことのある海をふたたびみる。それからわたしたちは移動する。彼らの目の前に立つ。彼らの顔をみる。初めて海をみる人の顔をわたしたちがみる。それは、わたしの初めてみる表情。初めて出合う人の、初めての表情。そしてわたしはその人たちの表情を忘れる。
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2階にあがる。あそこの階段は、いつもシンとした気持ちにさせる。冷たくて、排除されたような心地。そこには失明した人たちが並んでいる。そして彼らが最後にみたもの、についてのテキストが書かれている。いろいろな方法で、視力を失った人々。初めは、みえていた人々。みたことがあった人々。彼らはカメラをみてはいない。けれど彼らはわたしをみている。空間と時間を越えて、こちらをみている。
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「どんどん忘れていってしまう」という女性がいた。夫の顔を忘れつつある、という妻の言葉。それがずっと頭のなかに残っていた。一緒に出かけた恋人がわたしに言った。「でもさ、たとえば何年もあっていない同級生の顔は覚えてたりするでしょう?」その通りなのだ。いつもは覚えていないけれど、ふと、勝手に思い出すことがある。でも、一度みたもの、いや、何度もみたことがあるものを、忘れいくこと。どうしてそういうことが起こるんだろう?
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たとえば、とわたしは思った。それは夢とおなじなのかもしれない。たとえば、夢は、みたすぐ後、起きた瞬間は覚えている。すくなくとも、覚えている、と感じている。くっきり、鮮明に、触れるくらい、触れられたくらい気持ち悪く気持ちよく、肌にはうっすらと汗が滲んでいる。経験した証拠だ。だけどそれを話そうとする、書こうとする、今一度確かめようとする、と、どういうわけか、少しずつ霞んでいく。説明しようとすればするほど、夢は整合性を失い、輪郭がぼやけ、聞かされているほうはしびれを切らし、語るわたしは焦燥に駆られる。違う、そうじゃなかった、こんなんじゃなかった、喉をかきむしり言葉をひねり出す、でも出てきた言葉は間違っている、胸のなかにある、頭のすみにある、皮膚で感じたあの感覚が、言葉によってどんどん何かを失っていく。そしてもう、諦める。熱い体験が、哀しみの予感が、優しい感触がどこかに消えて行くのを黙ってみている。そしていつの間にか忘れている。あの時、あの場所で、あの人に出合ったこと。そういう風に触られたこと。ああいった言葉を投げかけられたこと。わたしの笑顔。わたしの暴力。夢のなかでの出来事。そして夢をみたことすら忘れている。
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だから、と思った。それとおなじなのかもしれない。夫の顔。いつだって覚えていたいもの。だから繰り返し頭のなかに呼び起こす。その目、目の縁のくぼみ、鼻筋と脇の膨らみ、唇の色、ほくろ、笑ったときの表情、怒りの予兆、視線の先にあるもの。そういった何千何万ものイメージの積み重ね、を呼び起こそうとする。一つ欠けてもいけない。一つ欠けたら、すべての顔が崩れ去ってしまう。だから、毎日、毎晩、どの瞬間にも、思い出そうとする。耳たぶの形、柔らかそうなところ、産毛の銀色、そこまで思い出しながらふと、思考が止まる。あれ、と思う。わたしはそんなものをみたことがあったか、と疑問に思う。夫の耳の産毛。銀色?わたしは果たして、それをみたことがあったのだろうか。もしかしたら、と声に出す。わたしはそんなところをみたことがなかったかもしれない。わたしは、彼を思うあまりにそれを想像でつくり出したのかもしれない。勝手に、そう、思っていたのかもしれない。一つの疑念がすべての完璧な像をみるみるうちに溶かしていく。目が二重から一重に変わり、唇が大きく歪み、輪郭が四角から丸に変わる。更新に更新を重ねて、本来の何かが損なわれている。そして彼の顔をみたことすら忘れている。彼はそこにいるのに。彼は目の前にいる。わたしは鼻の先に触れる。まるで初めてのように、これが皮膚だと、骨だと、筋肉だと、わたしは初めて実感する。
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そして、こう思う。この前の文章で引用したものと同じもの。ハーマン・メルヴィルの『白鯨』で、イシュメールがいったこと。宇宙を見上げたときの、説明のできないような恐怖。銀河をのぞきみたときに、虚無の思いに刺しぬかれること。「芯が抜けたような空しさ」。思い出せない夢、うまくつかめなくなったイメージ。
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というようなことを考えました。ソフィ・カルの作品に触れると、いつもいろんな思いで溢れます。それはとても強烈、だと思う。たとえば、彼女が偶然、ギャラリーで出合った男をストークして、徹底的につきまとい、しまいには彼の食生活まで心配するような作品。その反対に、探偵をやとい、自分自身の行動をすべて記録させる、という作品。ううむ、すごい。
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そして、2日間限定だった特別展示では、彼女の母親が死ぬまでの瞬間、を映像に収めた作品をみた。それについては、また今度。死と生の境界線…
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【飛ばないわたし/飛べるわたし】RICOH GXR digital.
▲2 | reblog*
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その映像はあまりに残酷な感じがしたからいっとき目を逸らしたけれど、やっぱりどうしても気になって見てしまった。それは鮫のおとりについての映像で、何人かの人たちが脇腹を縄でくくられ、宙に吊るされている。彼らがおとりなんだという。どうしても鮫をおびき寄せる必要があるから、彼らは喜んで身体を捧げるのだとういう。
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と、そこで、隣の席の髪の毛くるくるの白人風の人がしゃべった。「ここ、シェアしても大丈夫です」と小さなテーブルを指して店員に言う。わたしだったらシェアできないな、と思う。そしてきっと誰も彼女とそのテーブルをシェアする者はいないだろう、とも思う。
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映像に戻る。あまりに漁港や魚市場の光景に見慣れているせいだろうか、それはとても自然な様子に見えた。人間たちが、冷凍のまぐろに見まがう。わたしの地元では、たくさんの凍ったまぐろが高々と引き上げられる。それらが着地すると、ながい鉤でぐさりと引きずられて行く。遠くへ。凍っているから、痛みなど感じない。凍っているから、わたしたちはそれをしばらく見ていられる。凍っているものは、もはやそこにはいない。それは誰かがFacebookにあげた映像だった。コメントも、批判も、感想もなし。ただ、そこに貼付けられていたリンクをわたしは開いたのだった。当然だ、わたしたちは鮫を求めている。仕方のなさも、ためらいもなく、選ばれた人間たちは空中を移動する。両手両足を少しだけ引きつらせて、大洋の上を進んで行く。
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今、白人風の女性は珈琲カップを片手に森見登美彦の『太陽の塔』を読んでいる。彼女のそばには誰もいない。反対の席には、エミリ☆とマジックで書かれた白いバックパックが座っている。
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どうして鮫が必要なのか、とわたしは考えない。ただ映像を見続けている。カーソルが半分まで移動してもなお、鮫たちは現れない。わたしは爪を噛む。吊られた人たちは、四肢の力を失ってしまった。海はどこまでも広く青く、わたしのスクリーンの四隅いっぱいに拡がって、いまだやめることなく拡大しつづけている。潮の香りがする。カモメの鳴き声が聞こえる。前髪がひたいに張り付き、玉になって落ちる汗を拭う。一点でもいい。しみ一つでもいい。凶暴なそれが見たい。波間に顔を出す、鋭いあなたが見たい。わたしは一歩足を踏みだし、つま先を水で濡らす。
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エミリ☆は本を読むのをやめた。飽きて、飽きて、いまは白いiPhoneを見つめている。指をまるめ、爪先をはじく。誰も現れないし、何者も彼女とシェアしない。彼女は白い歯を剥きだしにして笑う。
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わたしはそのままじゃぶじゃぶと進んで行った。甲で重たい水を蹴り、足裏は小さな砂粒を握る。わたしはラップトップを両腕で支えたまま、拡張を続ける大洋へ乗りだした。会いたくて会いたくて仕様がない。手で触れて爪で掻いて舌で冷やりと滑らせる。大人のビー玉みたいな目玉。ふと上を見ると彼らがいた。目をつぶり、風を受けて、縄から解き放たれた彼らはそれでも浮かんだままだった。口元が喜びで綻ぶ。顔が影になり、赤黒く燃えている。わたしの顔?彼らの顔?
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その間にも、わたしはたびたび彼女の顔を見ていた。本は未だ伏せられたまま、彼女は電話機の小さなスクリーンに釘付けだ。
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波が高くなり低くなり、わたしの身体は胸まで濡れた。わたしは両手をあげてラップトップを保護していた。スクリーンはもう見ることはできない。銀色の貝殻みたいなそれは口をしっかりと閉じ、わたしをここに置き去りにした。気づけばおとりの人間たちが消えている。遠く目を細めて見えるところ、彼らは5つの点となりそのままいなくなった。わたしは不安になってくる。わたしは聞き耳をたてる。波の音。カモメの声はしない。
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エミリ☆は今ではiPhoneをテーブルに置き、肩をいからせながら食い入るように画面を見つめている。くるくるの髪が顔にかかり、表情を見ることはできない。時おり身体を左右に震わせて、わたしを不安にさせる。テーブル全体を抱え込むように身を乗りだし、彼女は何かを目撃している。
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音がすべて消えたあと、わたしは海の中にいる。上も下も右も左もわたしは深い青に囲まれている。
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わたしはトイレに立つ。そしてエミリ☆の横を通過する。わたしはテーブルに目を走らせ、彼女が見ているものに気づく。スクリーンの中にはわたしがいる。海の中、深く、深く、沈んで怯えて震えている。するとスクリーンの端から青白い生き物が近づいてくる。スロウなミサイルみたいに、それでも確実にそれは向かってくる。銀色の反射。鮫が、わたしに、近づいている。エミリ☆はそこで一つくしゃみをする。わたしはあわてて個室に逃げ込む。
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それは初めての邂逅だった。知っていると思っていた。ずっとわかっていると思っていたことだった。でもそれは全然ちがった。初めての邂逅で、初めての接触で、初めての痛みだった。そして初めての死。わたしはゆっくりと飲み込まれていく。
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トイレから出ると、エミリ☆は消えていた。白いバックパックも無かった。ただ、伏せられた本だけが、人気の無いテーブルの上で沈黙していた。
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夢についてよく考える。どうしてこんなものを見てしまったのかと、毎朝バツの悪い気持ちで目を覚ます。たいていそこにはだれもいないので、わたしには考える時間がたっぷりとある。けれど考えれば考えるほど、夢は形を崩していく。色や感覚が失われ、言葉が破綻し、輪郭が解けていく。それは繋がりを失った分子や粒子や素粒子や、わたしがよくわからない細胞みたいなものとして空気に溶け込み、わたしはしばらくの間そこに留まることになる。吸っては吐き、吸っては吐き、そしてまた吸って、わたしはただその循環のなかにいる。形も知らず記憶もなく、ただわけのわからない恐怖をわたしは取り込み取り出している。どうして鮫じゃなきゃならないのか、よくわかりません。どうしてわたしがそれを欲しているのか、さっぱりわかりません。わたしはそれに触れたくないし、壁なしでは邂逅すらしたくない。わたしはその存在自体、うまく信じることもできないのです。鮫。わたしは彼らを見てきた。わたしは彼らを見つめてきた。冷たいガラスを通して、顔を近づけ、触れられないところから彼らに触れようとしていた。満足だった。触れられないことが、出合えないことが、決して分かち合えないことが。鮫。わたしは誰を陥れようとしていたのだろう。宙に吊られた5人の人たち。わたしは彼らを憎んでいた。彼らがそうしていることを、至極当然のことだと思っていた。それは罰ですらなく、定めであると思っていた。そしてわたしが彼らとは違うこと、それは明白だった。けれども彼らは逃げ果せた。大海に沈むのではなく、大空を駆けた。風は彼らを支え、カモメの声が歓びで身体を満たした。そしてわたしは一人、水でも空気でもなく、ただ深い深い青みのなかに落ちていったのだった。青白い、銀色の生物と二人きり。
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これは夢なのです。まったきの、夢。朝起きたわたしの口内は乾ききっていて、つま先もしっかりと何枚もの靴下に包まれていた。東京では潮の香りなどせず、ましてや閉め切った窓の家のなか、何の音も聞こえなかった。けれど…
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エミリ☆は本当にいました。恵比寿のスターバックスに。バックパックは白ではなく黒と青だったけれど、本当にマジックでエミリ☆とかいたガムテープを貼付けてあった。本当に森見登美彦の『太陽の塔』を読んでいて、しばらくすると本は伏せてしまい、ずっとiPhoneの画面ばかり見つめていた。白い歯を剥きだしにして一人笑っていたし、店員さんにテーブルシェアについてぶつぶつ訴えていた。優しいんだ、彼女は。誰もそんな小さなテーブルを分け合ったりはしないのに。でもわたしは怖かった。彼女が身体を左右に揺らすたび、隣で震えていた。彼女が何を見ているのか。覆い被さるようにして見つめているスクリーンのなかに、誰が映っているのか。知りたくて知りたくて知りたくてわたしは席を立ちトイレに向かう途中、彼女の横を通り過ぎたけれど、スクリーンに貼られたシールのせいで、わたしには♥のプリズムしか見えなかった。だからこれを書いた。恐怖を、夢を、知っていて決して知ることのできない何かを、手放すために。
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夢を見るんです。毎日のように見る。ひどいときには一日3回も4回も見る。自由さがそうさせたのかもしれません。眠りが、怠惰さが、生活の乱れがそうさせているのかもしれない。だから、唯一の罪滅ぼしとして、わたしは書くのです。「人の夢の話を聞くほど、おもしろくないことはない」と誰かが言っています。でも、それが夢じゃなかったら?もしかしたら、現実に起こったことだったら?わたしが寝て、起きて、その間に横たわる空白を、夢という名前で呼べないとしたら、わたしたちはまたふたたび恐怖に突き刺される。イシュメールが宇宙を見上げ、乳白色の銀河を覗き見たときに、虚無の思いに刺し抜かれたように。「芯が抜けたような空しさ」。それをわたしは、夢に感じるのです。
▲ | reblog今日はとりとめもない、きのうについての日記。
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それにしても東京国際文芸フェスティバル、大変示唆に富むトークばかりだった。いちばん印象にのこったのは、「越境の文学」で、池澤夏樹さんの言った「帰りそびれた観光客」という言葉。外国に長く暮らし、その土地の者になったつもりでいても、結局は部外者であるという感覚。旅人としてその場所について書くこと。その国にとって、自分は何かの意味を与えられるのかといった疑問。アメリカの大学院の授業で、「オリエンタリズム」についてのプレゼンテーションをすることになったので、Edward SaidとかHomi Babha、Gayatri Spivakを読む機会があったのだけど、どこかを、誰かを、representする(代弁する)といったことの危うさと可能性について今日も考えさせられた。
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「わたしが今、いる場所や出合う人にとって、わたしはいったいどういう立場でいるのか」ということに常に意識的でいたいと思うと同時に、意識することで誰かを(または自分を)傷つけてしまうのではないかとも感じている。わたしと、あなたの、融合を阻んでしまうかのような。何も考えなければ、つながっていられたかもしれないのに。それでも、アメリカにいたときはもちろん、わたしはいつもこういうことを考えて生きてきた。わたしはいったい、どういうところに立っているのか。幼稚園で、小学校で、わたしは自分がどこの誰で、どうやって行動していいのかがよくわからなかった。誰かに定義づけて欲しいと思っていた。誰かに役割を与えられて、その通りに行動できたらなんと楽だったか。
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わたしはいつも、どこにも属していないという気持ちをもっていた。とても不安だった。誰かがわたしの顔を見れば、何かしらの反応をするのに、それがなんなのかを、彼も彼女も、わたし自身もよくわからない。どこの誰なのか。頭上にふっくらと浮かぶクエスチョンマーク。けれどもアメリカに行って初めて、一つのラベルをもらった気がした。「日本人」というなんだかクリーンなプラスティックみたいな、でもどこか古い黴のにおいがするような、一つの記号。真っ白な絹の上に撥ねる一点の血。わたしは何度も何度も落とす。腕を切り、髪を切り、蒼白の顔に紅を塗る。
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イギリスの文芸誌であるグランタ誌の編集長、John Freemanが今日のトークで言っていたこと。「どんなにインサイダーであっても、どんなにその土地のことを知っていようとも、現実は誰にも描ききれない。すべてはきっと夢になる。文学は夢にしかならない」。そうだ、「誠意ある観察者」にも限界がある。ゴーギャンの描いたタヒチは必ずしも、タヒチ人の喜ぶタヒチの姿ではないかもしれない… わたしたちは夢を受け入れ、夢を拒み、自分自身を夢にしてしまう。そしてすべてがまた現実になる。別の誰かの描く夢を読むまで。
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“You are Japanese and you are beautiful”と言われたことがある。この言葉はとてもシンプルなのに難しい。わたしは考え込んでしまった。わたしは日本人だ。そしてわたしは美しい。この二文のあいだにあるもののこと。誰も意図せずに生まれてしまう、意味なき意味。そもそも「美」とはなんなのだろう。わたしは「美醜」という言葉が苦手だ。「美」と「醜」、どちらがどちらの意味をするのか、まるでわからなくなってしまう。頭のなかで、意味がいつのまにか入れ替わる。とたんに恐怖を覚える。”You are beautiful”と言われた瞬間、わたしには”I am ugly”という言葉が浮かんでくる。手のひらをいっぱいに広げ、一方に美を、もう一方に醜を載せている。そしてわたしはそこから動くことができない。だから何も言いたくない、何も言われたくない…
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そしていつも思うこと。自己イメージを自分で決定することの自由。わたしが一番すきな自分を世界に提示すること。他者の定義を拒むこと。そしてそれすらもいつか手放してしまう。わたしの「顔」を、誰かにあげてしまう。誰かに書き換えさせてしまう。わたしの顔も、名前も、そして文章も… あなたのペンで身体中に傷がつく。
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「これからの本の話をしよう」で早稲田文学のディレクターである市川真人さんが、あたらしいデジタルの試みで、元々あるテクストをinternet userがどんどん書き換えていって、それが記録にのこる…というようなものを紹介していたけれど、それはとてもおもしろいとわたしは思った(Jonathan Safran FoerとChip Kiddは、”That’s video game.”と言って批判していたけれど)。そのやり方は極端かもしれない。しかれでも文学とはすべて、古いものを読み、書き換えることによって存在してきたんではないか、とわたしは思ってしまう。もともとここに存在する言葉を、あたらしくわたしが繋ぎ合わせ、あたらしい意味をつくる。そしてまた別の誰かが、あたらしくそれを読み、読み替える。そういったことが延々と続いていく。
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ノーベル賞作家であるJ.M クッツェーは最新作からの朗読をしてくれた。日本語の朗読はなんと谷原章介さんだった。英語と日本語で「小説を聴く」という経験。一方は作者自身が、他方は外国語で、外国人が読む。発せられた言葉は、どちらも一つの解釈を与えてしまう。老齢のクッツェーが語る、自分自身が書いたテクスト、しわがれた声、それを聴く、外国人且つテクストを読んだことがないわたし。このテクストは、英語で書かれているけれど、元々の設定としてはスペイン語でかかれた架空のテクスト英語にした、という設定だそうだ。そしてそれをあらたに日本語で訳している。何重にも重なった言語が最終的に一つの声になること。なってしまうこと。谷原さんの美しい声で、それがわたしたちに提示されること。あたかも彼がこれを語っているかのように。テクストを、彼にあげてしまったかのように。彼がテクストに飲み込まれたかのように。そしてふたたび声が消え、無音。無限の文字の連なりのなかに放り出される。ゼロから無限へ、無限から一へ、そして今一度、無限へ。ゼロはどこかへいなくなった。代わりにわたしは口をO形にあけて声を出そうとする。吐きだされるのは音のない意味、意味、意味。ふたたび。
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古川日出男さんが、「シャーマンリアリズム」ということについて話していた。「俺は怪物ではないけれど怪物になりきって『怪物たち』を書いたし、犬じゃないけど『ベルカ、吠えないのか』を書いた」つまり自分が何かにとりつかれることによって、他者になってしまうことによって物語を綴ること。綴らねばいけないような状態に陥ること。自分は器であり、中に入り込んだものが小説を書くのだ、と。もしかしたら、それは「誰かを代弁する」行為ではないのかもしれない。誰かを代弁するのではなく、誰でもない誰かになることによって、すべての人のすべてのことを書くことができる。そしてその結果、それはすべてであると同時に、何ものでもない。わたしたちは何ものでもない何かを読むことによって、またあたらしい何かをつくりだす。すべてのことである結果、何ものでもなくなったものが、また、わたしにとってのすべてになる。テクストとの、親密な関係。わたしと、テクストだけの蜜月。少しずつ、欠けていく月、長くは続かないかもしれない。でもまたふたたび、出合い、恋に落ちる。成長したわたしに、テクストがやさしく語りかける。わたしは老女として、いまだ年を取らないテクストを慈しむ。わたしの手のひら、しわしわの、少し黄ばんだページをめくる…(もはやわたしの手もページも、区別がつかなくなるまで)。
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もっと本を読みたいけれど、もっと書きたいと思った一日だった。
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【以下は、2/21につぶやいた、わたしの一連のtweet】
◎数字に色、見えるよ。1は白で2は黄色で3は水色で4は緑で5は黄緑で6は紫で7は黄色で8はオレンジで9は灰色か紫だよ。たまに違う時あるけど、8は絶対的にオレンジだね。
◎数字にいろが見えるから、なのか。文章に数字がでてくるとちょっと酔ったようにパニックになるし、カラフルなものをみると息苦しくなるとくに最近。
◎ちなみに生花も苦手。鉢植えやドライフラワーならいいんだけど。切断ってかんじだ。
◎わたしのは共感覚じゃないかもしれないな、得意のつくりばなしなのかもな、と思い悩みながら、喫茶店で現像待ち
◎でも、”voluptuous”という単語を見たり、聞いたり、発音したりするときに感じる、あの官能性、肉体的な裕福さは?頭で理解するだけじゃなくて、身体じゅうで感じるのだ。びりびりするのだ。
◎”euphoria”だってそうだ、こころのそこから幸福な気分になる、世界中がきらきらして浄化する。あまくたっぷりとした、強い、素晴らしいにおいを感じる。辞書の知識を超えている。ほら、発音してみたらいい。
◎それは文学なんだろう。今は亡き、だいすきだった教授がよく言っていた。「文学はな、林檎をみて口の中にあの爽やかさを感じることだ。桜をみて涙を流すことだ」。
◎沈思はもうじゅうぶん。写真うけとりにいこーっと。
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最後に「沈思はもうじゅうぶん」とつぶやいたのだけれど、冷たくなった珈琲をすっと啜って店を出て、てくてくと歩いて写真屋に行って、にこにこと現像をうけとりながらも、ずっとずっとこのことについて考えていた。バスに飛び乗り席について、ミッキーマウスの印刷されたぱりぱりの紙袋からネガとコンタクトシートを取り出しながらも、このことが頭から離れなかった。写真はいいものもあれば普通のものもあって、でもやっぱりミランダ・センソレックスはわたしの好きな写真を撮ってくれるな、と思いながらも、色と数字と言葉について思いを巡らしていた。結局、カメラが素敵なのであって、わたしはシャッターを押したに過ぎないんだ、と相変わらず同じことを考えながらも、共感覚か、とぶつぶつ唇を動かしていた。
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写真は不思議だ。写真を撮っているという感覚はわたしにはいつもない。ただ、やたらに重いミランダ・センソレックスの存在感だけ、ある。わたしはただ見ているだけ。わたしはただ見ているだけ。わたしはただ見ているだけ。そうした時、わたしは言葉をどこかに隠している。埋めた骨の在処をわすれた野良犬のように、しばらくのあいだ、うろうろと隠した言葉をさがしている。写真は代わりではない。結局のところ、わたしは写真に言葉をつけられない。
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そしてまた数字と色と言葉に戻る。どうしてわたしはそんな色を感じるのか。どうして8は絶対にオレンジなのか。何人かの友だちが、「わたしは8は別の色に見える」、と言った。わたしはそれを聞いて、すこしぞっとしてしまった。だって、8はオレンジでなくてはならないのだ。8を見た瞬間、わたしはオレンジ色を思い浮かべ、そこからオレンジの果実を連想する。すぐさま。皮に爪を立て、新鮮な香りをかぐ。剥いた瞬間、芳しい霧が噴きだす。そこで終わり。果実は決して味わえない。酸味も感じない。オレンジとは、則ち8とはわたしの中ではあの太陽みたいな暖かい色、そして鮮烈な香り、爪に入り込む何か、なのだ。
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震災が起こって、みんなわたわたしていて、わたしの心はなんだかシンとしていて、何も言いたいと思えなかった。それから一カ月たたないうちに、わたしの人生に大きな変化をもたらした人が亡くなった。日本の大学での一番の感動を与えてくれた人。わたしのゼミの教授。ゼミが開かれる教室は、2年連続同じ教室だった。大きな窓が並んでいて、そこから一本の木が見えた。ぴしぴしと枝がしなるのが見える。わたしは先生を見て、その木を見た。まるで同じものに思えた。先生がホイットマンの詩を読む。かさついた先生の摩擦音は、葉がたてるさわさわとした音みたいだった。摩擦音が大事なんだ、と言っていた。shの発音が、蒸気機関車のけむりみたいに吐きだされる。目白の、静かな、とても私的な教室で、わたしはアメリカを感じた。アメリカとは窓から見える、あの木の枝の広がりだった。先生が手をいっぱいに伸ばす。いいか、と言う。「いいか、いつまでも揺れていろよ」。
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その言葉は、何回聞いたのだったか。わたしはいつも、なわとびを連想した。「いつまでも、揺れていろよ」。わたしは、透明なチューブの中に黄色の螺旋が走る子ども用の縄を想った。わたしはなわとびがきらいだった。飛ぶことも、またぐことも、くぐることもきらいだった。黄色の縄が揺れる。誰かがずっと揺らしている。校庭の土は再生紙みたいに薄く色づいている。「いいか、社会に出たらな、会社勤めを始めたら、おまえたちきっと、心が固くなる。固まらなきゃいけないときだってある。だけどな」いつも揺れていて欲しい。文学部に入ったのだから、心が揺さぶられるような何かを、忘れないで欲しい。
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あ、地震だ、とよく思う。一人で家にいて、パソコンに向かっているとき、本を読んでいるとき、ぼうっと体育座りをしているとき。そして間違いに気づく。揺れているのはわたしの身体で、心臓がわたしをすっかり揺さぶっているのだ。時には鼓動が強すぎて、部屋全体が上下左右に揺れていると思うことがある。とても、大変だ。わたしは世界をそこまで騒がせたくない。
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先生の四角い顔を思い出す。4年間、ずっと先生の授業を受けていた。わたしは震えていた。先生の前でいつも小さく震えていた。発表のときは、震えすぎて声がでなくなった。喉の筋肉が動きを止め、気道をすっかり塞いでしまった。わたしは何度も咳きこんだ振りをして、なんとかそこを切り抜けた。うわずった声が、フィッツジェラルドの文体の音楽性と、永遠に鳴り止まないメロディーについて何かを伝えていた。目の前には先生しかいなかった。先生。わたしは、先生にいいところを見せたかった。いつでも。
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amputated flowers。切断された花たち。わたしは遠くでも近くでも痛みを感じる。傷口がうずく。腕をめくって自分のを見つめる。”amputate”と口に出して言ってみる。空から斧が降ってきて、わたしには権利が与えられる。ものごとを切断する権利。”amputate”とまた言ってみる。わたしは鈍い銀色に光る斧を手にとり、あなたと彼女の元へ行く。斧を振り上げた瞬間、あなたと彼女がもはや切断されていることを知る。権利は行使されなくてもよい。わたしはそれを、いつも忘れてしまう。
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先生はよく言っていた。「いいか、文学作品を読むときは、その血も肉も、すべて味わえよ。物語の骨をたどるだけじゃだめだ。その中をかけずり回る、熱くたぎる血を感じるんだ。骨のまわりについた肉を楽しむんだ。骨をしゃぶるだけじゃ、味気ないぞ」それ以来、わたしはすべて好きになった。骨のごつごつする感じ、血の生暖かさ、そしてたっぷりとした肉の歓び。あなたの血管を見ると、わたし興奮する。骨のいっぽんいっぽんを触りたい。あなたの肉に、かじりつきたい。
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乾燥した花々のたてる音。わたしは踏んでしまうこともできる。その微かな悲鳴を、慈しむこともできる。乾燥した花、もうそこにはいない花、すべての恐怖から解放されたあとの抜け殻。
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先生が言う。「いいか、文学って言うのはな、桜の花を見て、涙を流すことだ。いいか、桜はただの樹じゃない、ただの花でもないんだ。桜はお前たち自身なんだ。」そこでわたしは理解した。頭のなかがいっとき、ギャツビーのシルクシャツの色で埋め尽くされ、そう、赤、青、黄、あでやかなピンク、デイジーのように涙を流した。そうか、デイジー、あなたもわたしと同じだったのだ。(馬鹿な女、なんでそんなことで泣く?)以前わたしはそう思っていた。でも違った。シルク、そして、たくさんの色。シルク、そして、たくさんの色。シルク、そして、たくさんの色。誰にだって、こういうことが起こる。涙はいつも流される。
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“voluptuous”と発音してみて欲しい。ゆっくりと、唇を動かし、舌を歯の内側にあてて、発音してみて欲しい。目をつぶって、あなたの舌、唇、歯の確かな感触を、しっかりと感じてみて欲しい。さあ。
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“voluptuous”とわたしは言ってみた。たった今だ。恵比寿のスターバックスの店内で、ボサノバが流れているなか、静かに、ゆっくりと、口のなかで小さな官能を呼び起こした。
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それをあなたが撮る。わたしの顔を撮る。フィルムに残る。現像する。プリントする。額にいれる。壁にかける。それを見つめる。そしてあなたは言う。目を閉じて、顔は火照り、唇が小さく震えて舌が燃える。”voluptuous”。そして今度はわたしがあなたを写真に撮る。そういうのがわたしは欲しいのだ。そういうのが、わたしは、欲しい。
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わたしはずっと迷っていた。迷いすぎていたのだ。
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卒業のとき、先生に言われた。「なあ、きくち。いいか。自分がなりたいものになるにはな、ストイックでいなければいけない。時にストイックさは情熱よりも大事なんだ」わたしは、はい、と言って先生の部屋を出た。革張りのソファは茶色だった。それからロサンゼルスに行って、わたしはストイシズムとはほど遠い生活をしていた。4年間の、自堕落と、自己憐憫と、自意識の過剰さ。ときにわたしはがんばった。英語でエッセイを書くのは、半端なく辛かった。分厚いテキストを読んでいると、カフェを飛び出して海に飛び込みたくなった。でもやった。やるべきことはやった。でも、ストイシズムなどどこにもなかった。わたしはいつも別のことで心を散りぢりにしていた。毎日どなり、怒り、取っ組み合い、車から飛び降り、飛び降りられ、フリーウェイで何度もS字を書いて肝をつぶした。がんばったけれど、何ものになりたいのか、よくわからなかった。そんななかで勉強していた。勉強だけ、していた。本当は、ちがうのに。怒りと不信と哀しみと焦りと憤りが部屋中に散らかっていた。でも孤独ではなかった。孤独が手に入らなかった。それでわたしはいつもいらついていた。孤独になることを怯えていたのに。
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結果として、わたしは逃げてきた。意気揚々と、逃げてきた。哀しい心は半分に千切って捨てた。でも、迷っていた。帰ってきたのだから、会いにいこう。ずっとそう思いつづけていたのに、わたしは会いにいかなかった。ストイックじゃなかった。ストイシズムなど全然わからなかった。だから先生に会えるわけがなかった。修行が足りないのだ。もう少し待とう、もう少しだけ。わたしはもっと立派になる。もう少しだけ。あと少しだけ。
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「上野公園でアメリカンバッファローを眺めるのがすきだ」と先生が言っていたのを思い出した。
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そうこうしているうちに日本が揺れ、ちょっとしたあとで、先生はいなくなった。
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だからいつも、つらいのだ。数字を見ると、ほんとうに、つらいのだ。ほんとうに、ちょっとだけだけど、ほんとうに、つらい。
▲ | reblog小さな瓶なかで二つに別れた、二つの色のことを考えます。上が青で、下が赤だったか。「地上に天国をもたらす」をわたしは選んだのです。小さな瓶の小さな金色の蓋を、二本の指でつまみ、あらかじめ取っておいた席に連れていきます。ブラインドはおろされているけれど、微かなすきまから光が突き刺す、日曜日の昼の荻窪です。わたしたちは右半分、本に囲まれています。本はわたしたちに背を向けて、きぜんとした態度で収まっています。わたしたちも、負けずにきっと背筋を伸ばして、箱部屋に並んでいます。冬の昼、陽光がわたしを幾本ものすじになり照らします。透明な瓶に透明な二つの色。青と赤で染められた。地上にもたらされた天国です。わたしたちは聞きます。静かに耳をかたむけます。たくさんの知らない人の顔が浮かび、目の前で震え、声が自然と流れ込んできます。わたしたちの身体のなか、さまざまな他者の感情がうごきまわります。口から出てきた他者の魂のきれはしが、わたしのへその下に留まります。わたしたちはそれを見る。じっくりと見る。そしてやさしさを持って返してやる。こうしてわたしは幾人かの思いを拾い、わたしと交わるようにします。これが出合いです。二月の昼の、休日のできごとです。わたしは喉に手をやります。わたしの番が来ました。いつだって来るのです、一つずつ、順番に。来ないものなどないのです。それでも、わたしは、いつでも、動揺する。わたしを拓くことに。わたしを千切ることに。わたしが誰かの身体のなかで踊ることに。確信に満ちたことばが出てきます。わたしは笑顔になります。わたしはじっとあなたの目を見つめ、小さな合図を求めます。わたしはきちんとそれを受け取る。合図は必ずでる。大丈夫だという確証を得る。ブラインドがすべてあげられ、わたしからすべてが飛び出す。つかの間の浮遊です。他者との邂逅です。わたしはあなたに出合い、あなたはわたしに出合う。わたしの魂の一部が、あなたの中を泳いで行きます。あなたはそれを読む。おもしろいといって読む。すこし傷つくといって泣く。涙は出ません。泣くのです。涙は出ません。わたしたちは全員、わたしたちをありのままに受け取ります。手のひらを差し出し、丸い石を載せ、さあ、手放してやります、と言って、そのまま石を支えているのです。あなたはわたしの上に乗り、わたしはあなたの下で寝る。平等で安心です。左半分も、本に囲まれます。わたしたちが本を作るのです。わたしたちがものを書くのです。わたしたちがあなたを読むのです。本と本がぶつかりあい、小さな宇宙をつくります。一ページ、また一ページと指を舐め、静かに次へ進むのです。ことばが空を流れます。わたしはそれを受け取ります。みじかい舌をぺろりと出して、あなたの一部を受け入れるのです。ありがとう、とてもおいしい、いい味だ、すばらしい。次々と賞賛のことばを返します。あなたはそれを見て笑う。うれしいといって、両手を打ち鳴らし、つま先を立て、床の上をくるくると回ります。わたしもそれに倣います。みな、日曜の午後、少しずつ日が翳るなか、頬に手を当て、髪を振り乱し、一心に、この部屋で、踊りつづけます。誰もやめろといいません。わたしたちは、幸福に満たされています。地上に天国がつくられるのです。わたしたちが天で、わたしたちが国です。好きなだけ踊りつづけ、一通りを終えたら、さて、わたしたちは静かに目を閉じ、一呼吸つきましょう。そしてふたたび目をあけ、互いの顔を見合わせ、別れを悟ったら、悠然と帰路につくのです。
【2/10/2013 Sun. 荻窪六次元でオーラソーマのワークショップに行ったときの感想】
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【Photos: Screenshots of me dancing from the video work “Dinosaur’s Wife” 】
▲ | reblogTaipei Late Nighters. Like everyday-dreamers. Time passes like it never has. People eat the colors of fruits, people drink from the bucket of the heaven. Sounds of deep frying stars of the foreign sky. And you can dive into the metaphysics of the ancient books. We all savor the flavor of the late night paradise, that lingers on each of our tongues like forever. Now the morning comes, and we all go to sleep.
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▲ | reblog
オフィサー・ガリーチョがEメールをくれる
曰く、「きみの恋人がフリーウェイを歩いていた」
オフィサー・ガリーチョは国境監視員
「メキシコとの国境で、対向車を妨害してね」
わたしは祖国の祖母の家にいる
*
*
「死のうとしていたんだ」
「こういう場合は逮捕する」
「だけどあまりに気の毒で見逃した」
「僕たちは彼を尋問したよ」
「きみには知らせるなと言っていた」
「だから」
*
*
だからオフィサーはEメールをくれる
乾いた遠くの異国の土地
無一文で空腹でひどく日焼けして
恋人がフリーウェイを歩いていた
オレンジ表紙のノートブック抱えて
*
*
「run, run, runと書いてあった」
「そのうちにミシェル・Cが迎えにきた」
「僕たちは彼を引き渡した」
「きみたちの問題は僕にはわからない」
「だけど僕にも妻がいる」
「ノースカロライナ出身で、詩も書く女だ」
*
*
オフィサーは美しい詩を見つけた
ノートに書き付けられていたもの
無一文で空腹で絶望した男のことば
オフィサーはひどく動揺した
なんて力強いことばなんだ!
*
*
「家族にもうすこし理解があれば」
「可哀相な少年」
「可能性がたくさんある」
「ミス・キクチ、僕には何もしようがない」
「フリーウェイを孤独に歩くなんて」
*
*
オフィサー・D・ガリーチョは言う
彼は悪党なんかじゃないと
連絡をくれたら嬉しいと
きみたちの幸福を祈っていると
恋人たちは、喧嘩するものなのだと
薄暗い祖母の家、湿度で淀んだ夏の空
*
*
遠い国の遠い道
405から単なる5へ、
長い長いサンディエゴ・フリーウェイ
ミッションビエホ、サンクレメンテ、
カールズバッド、エンシニータス、
サンディエゴ、ナショナルシティ、チュラビスタ…
塗装のはがれたジープ・チェロキー
窓を下げて片腕を出す
すぐにあたりは埃にまみれ
太陽がじりじりと照りつける
喉が渇いている
道は続いている
車を乗り捨てる
空気は乾いている
空を見上げる
いつだって晴れだ
腹が減った
ポケットには3バックス
シェブロンの看板
蜃気楼にゆれる
エクストララージのコーク
手を滑らせて落とす
地面に小川ができる
自分の顔が映る
黒くくすんだ顔がゆがむ
スニーカーの足の裏
もう一度空を見る
どこにもつながっていない空
どこにもつながっていない空
埃を吸い込み埃を吐き出す
ベージュの大地
ベージュの草
ランプに向かう
ランプをのぼる
僕は合流する
たくさんのものたちと合流する
左右を振り返り
足を踏みだす
どこにでもつながっている道
僕は合流する
タイヤの音がすべる
クラクションの音が過ぎる
もう空は見ない
両手を広げて
最後にもういちど
彼女の顔を思い浮かべる
*
*
突然雨が降り出す
ここには乾燥もくそもない
濡れた首すじ、触れると震えている
母親の顔を見る
わたしは守られている
祖母がおやつを求めている
わたしはちょっと笑う
冷蔵庫からプリンを取りだし、
スプンとともに彼女に渡す
わたしはフリーウェイを降りた
誰にも気づかれないように
車を乗り換え
わたしはフリーウェイを降りた
▲ | reblogびっくりするほど恋をしている。いつだってそうだったし、だからこそこの瞬間もそうであるのがうれしい。音楽だってそう、小説だってそう、映画だってそう。しかし、人間!なんていとおしいのだろう。彼女がつくるものならなんだって好きだ。彼女が食べるものならなんだって食べたい。ああ、煙草だって今一度吸ってしまおう、自転車にですら乗ろう。ただ、ひたすら。戻ってきてしまったのだ、彼女が戻ってきてしまったのだ、戻ってきてしまったのだ、彼女は。こうしたときに、わたしは過去を思い出す。アパートメントのかさかさしたブラインド、を指でめくって窓の外を見る、したには小さなジャングルと冷たい水をたたえた青いプール、その周りに住人が集まってパーティを開いたこともあった、わたしたちは一度だけ参加した、ピザとコークが用意されていた、管理人がわたしたちに声をかけた、「めずらしいわね」、そして時がたってわたしは管理人の顔を見るのも怖くなった、ある夜以来、わたしたちが問題を起こしたある夜以来、けたたましいサイレンがなって、扉は大きな音をたてて叩かれ、わたしたちは裸足のまま外へ、そして眼下には変わらずに冷たい水をたたえた暗いプール、街灯に照らされたあの人の横顔、苦痛の表情、そして懐中電灯がわたしの足下を照らし、わたしの腕を見る、小さく切られた、傷を見て女が言う、「これはいったい誰が?」、わたしはあわてて首を振る、こういうときの英語はとてもスムーズで、自分が何人なのかわからなくなる、女はわたしをアジア人として見る、膝をかかえ、異国の星空の下、わたしは手持ちのライトに照らされている。そんな過去だ。そんな過去はいらない、そんな過去はなかった、そんな過去が今、終わろうとしている、いや、終わった。冷蔵庫にしまわれたチャイニーズフードのボックスが3つ、目覚めの悪い朝、ベーグルを焼いて齧りそのまま車に乗る。フリーウェイまでの道、左に曲がって右に曲がってそのまま右のレーンからのぼっていく。アンプというエナジードリンクを飲みながらエッセイを書いていた日々。エヌビーシーのコメディを楽しみに夜を過ごした日々。携帯電話を放り投げ合った日々。喘息のふりをして倒れた日々。そして本当に喘息になった日々。道ばたで足を擦りむきそれでも追い続けた。さようならだ、すべてさようなら。そして彼女がふたたび現れる。強烈な印象を持って。極端な眼鏡、極端な前髪、極端な言葉遣い。アンダーグラウンドヒップホップ、コーヒーショップ、花屋、芝生、リヴァーサイド。砂漠特有の熱い空気を感じる。窓を開けて車を走らせていた、夜。アリゾナからの帰り道、長い長い運転のあと、途中で立ち寄るベトナム系のサンドウィッチショップ、ズッキーニとマッシュルームのフライ、なま肉ののったフォー、テンレン・ティーステーションのローズミルクティ、チミチャンガ、エンチラーダ、ファヒータス、ケサディーヤ、ああどれも区別がつかない、そしてパンダエクスプレスのオレンジチキンのグロテスクな色。ああ、ああ、これは彼女とはぜんぜん関係がない、彼女じゃない、彼女のことなんかじゃぜんぜんない、過去の記憶、過去の景色、過去の舌触り、過去の痛み。そして彼女がまた顔を出す、あの人にSMSで、彼女は平気で言う、dude! わたしだったらよかったのに、わたしだったらよかったのに。毎週土曜のソファのうえ、先生に見せた、腕をまくって、堂々と、ほら、こういうこと、予測していたでしょうとばかりに、ティシャツの腕をまくる、右側、肘の5インチ上、先生!!あの頃は、スーザン・ソンタグなんて知りませんでした。先生。電話がかかってきたんです、ニューヨークに行ったって、まさにアウト・オブ・ブルー。そこで体調を崩してエマージェンシーにかかったからお金がぜんぶ無くなったって。イチゴのヨーグルトを食べたけど、おいしくなかったって。ホームレスの男の子と女の子の兄弟がでてくる映画を観たって。ほこらしそうに。わたしはそれを、夏のキッチン、冷たい床に足の裏をぴたぴたとくっつけて、冷蔵庫にもたれかかりながら聞いていたんです。冷蔵庫にはたくさんのマグネットが貼ってあります。オレゴン、ワシントン、ウィスコンシン、ネヴァダ、イリノイ、インディアナ・・・アメリカの州のマグネットですよ。変なことに、カリフォルニアはないんです。カリフォルニアはない。カリフォルニアはない。カリフォルニアはない。小さなしみがどんどん広がっていくようにわたし、少しずつ醜くなっていました。でも、それが今ではすっかり、どうでしょう!また、恋によって、また、再会によって、また、ふいの攻撃によって、ああ!すべて消えていたもの、残っていたこと、たくさんの良きこと、いくつかの不幸、うっとうしさがつきまといわたしは蚊帳のなかに隠れてしまおう。すべて、あなたがたは見透かす。ブルーにマジェンタのうつくしい椿、わたしは詩集にも恋をしていました。アゲン・アンアンゲン・アンアゲン・アンド・・・わたしに恋をしていた男の子を思い出した。彼はわたしの右後ろに座っていた。わたしたちの受けている授業は「映画の読み方」についてだった。先生は、子豚がそのまま大人になったような、しかしウィットにとんだアメリカ人だった。名字はウィルソンだった。ウィルソン教授。テキストブックはわたしが日本語版でも持っているものだった。あれが毎年改訂されているとは知らなかった。日本語だとそうするのは無理なんだろう。翻訳にかかるお金のことを思った。あの本はいつも車のトランクに入れていた。わたしに紙をすべらせてくる。右肩越しに、するりと。ワナ・ハング・アフター・ザ・クラス?と書いてあった。にっこりマークも描いてあった。わたしは、ノーとだけいった。ノー。イエスはどこにもない。ノー。ノー。ノー。そのクラスは好きだった。エッセイはいつもAをもらった。イエスでもノーでもなく、エー。エー。わたしはその時まだ彼女を知らなかった。知ったのは偶然だった。リストから見つけた。極端な眼鏡に極端な笑み。百発百中の表情。すぐさま訊いた、誰?ああ、彼女は、彼女は、彼女は。わたしは追った。追える分だけ追った。いつも質問した。誰?どこ?いつ?憧れた。乗っている車を知りたいと思った、どんな声をしているか知りたい。フリー・ザ・ロボッツが来るから会えるかと思った。わたしたちは待った。じっくりと、待った。しかし彼女はこなかった。車を走らせて帰った。24時間営業のメキシコレストラン、明かりが落とされ、怪しい連中しかいない午前2時。すべて合わせても10ドル99セント。ネオンの光で撮った写真がむらさきになった。ピンクになった。青になった。mbvのラヴレスのジャケットみたいな色。彼女も好きだろうな、と思った。それからいつの間にかときが経って、わたしは彼女のことなんか忘れるくらい、苦悩にうろたえ、逃げ、走り、何度も飛行機で飛び、幸福にひたり、怯え、立ち直り、それでも時たま彼女を思い出していたけれど、彼女はいつの間にか消えていた。だからわたしも消した。彼女が心からいなくなった。わたしはもっともっと立ち直り、もっともっと強くやさしくなり、もっともっと強くやさしい人たちに囲まれ、英語を半分忘れ、日本語をあらためて捉えなおし、空を見つめ、宇宙に感謝し、星とのつながりを明確に感じ、目の前にいるひとを心から愛した。愛している。愛している。愛している。そうか、そうか。「枕元にパンを!」だって、過去のわたしが書いていた。そう言っていた。声高に、何のためらいもなく、ほこらしげに。でも、もはや何のことだかさっぱりわからない。彼女とはあまり関係ない、関係ない、そう。そうだ、今日はもう、いささか疲れた。しかし、しかし、しかし、恋は何にしろすばらしい、そしてわたしは再び、彼女に恋をしている。
▲ | reblog6カ月前、事故にあった。死ぬかと思った。
頭をぶつけて、ぶつけた人がそのままいなくなったから、
わたしはしばらくのあいだ、一人でぼんやりと天を仰いでいた。
ジュライ・フォースだった。
友だちの家を出て、自転車で家に向かってた。
お酒をいっぱい飲んでたから友だちは心配したけど、
車じゃないから大丈夫、と言って笑った。
*
【ああ、左目、頭のすみに花火があがるのが見える。
もう12時を回っている。
誰かが名残惜しくて市販の花火を打ち上げたんだ。
ああいう、ちゃちな花火は嫌いだ。
手持ちか、さもなくば、本物の打ち上げ花火じゃないと。
すみになんかじゃなく、頭のなかいっぱいに弾けるような。】
*
そう言えば、アールは花火を買ってきていた。
ベルモント・ハイツのガソリンスタンドで売れ残り。
蛍光カラーで、にほんごが書いてあった。
「にほんの花火だよ」
そう言って、パッケージごと、細長い花火を揺らして見せた。
家に帰ってから、二人だけで火をつけるつもりだった。
仕事が終わるのが遅くて、フェスティバルには行けないから。
アート・ビルディングの、プリントセンターでのアルバイト。
いったい誰がジュライ・フォースに印刷なんかするんだろうか。
わたしはにほんごがわからない。
アールだってわからない。
果たして本当に花火だったのか、それもよくわからない。
オーケイ、ぶつぶつぶつぶつ。
とにかく頭のすみで花火が光って、それから気を失った。
*
「サラ・レイ、これから起こること、あなたが失うもの、
それはすべては決まっていたこと。
失ったものは、すべて大きくなって戻ってくる。
あなたはわたしを見つめて、微笑むだけでいい。」
—宇宙
*
仕事帰りによく寄る場所がある。
わたしは今、サンディエゴに住んでいる。
ガイドブックをつくるインターンをしている。
サンディエゴは好きだ。好きなひとがいるから。
その丘には三本の木が立っている。葉がしだれるタイプの木。
そこでわたしは、テイクアウトの珈琲をすすって、
スピリットをふかして、何時間でも過ごすことができる。
アルコールはやめている。
珈琲と珈琲と珈琲と煙草がその代わりをする。
*
「わたしは毎日、帽子をかぶる。」
―サラ・レイ
*
しばらくいた病院で、あたらしい友だちができた。
病院の庭で、書き物をするのが好きだった。
朝は霧が立ちこめていて、すぐに身体が冷たくなったけど、
呼吸をするのが楽だった。
友だちの名前はスミス。下の名前はわからない。
ファミリーネームだけで十分、と彼女は言ってた。
退院してから、彼女には会っていない。
*
【アイ・had・バッド・days・アンド・good ・デイズ
when ・アイ・was・リヴィング・in・オーシー…
ウェル・mostly・バッド・days】
*
アールは秋には引っ越していった。
夏の終わりごろ、
ブルックリンにあるおしゃれなプリントショップで仕事をみつけた。
アールはトゥルー・アーティストだけど、
自信が無いので作品を発表しようとしない。
一度見せてくれた木彫りの版画は縦2M×横4.5Mで、
タイトルは「わたしの顔」だった。
つまり、わたしの顔=サラ・レイの顔。
タイトルは、「フェイス・オブ・サラ」。
引っ越すときに(わたしはまだ病院にいて手伝えなかった)
実家に送ってくれたけど、まだガラージの奥に立てかけてある。
いつか大きい紙を買ったら(にほんのショウジ用の紙)、
刷ってみようと思う。オレンジ・カウンティ…
*
「わたしには名前がない。名前はないけど、
家族はいる。」
―スミス
*
クアーズ・ライトが好きだった。特に意味はなく。
あの日も、クアーズ・ライトばかり飲んでいた。
雪国みたいなパッケージ。
誰かが瓶をなげて、床の上で割れた。
みんなが笑いながら靴の底で踏む。
ティンカーベルの粉の光。
誰かが熱い魚のスープを作っていた。
誰も食べなかったと思う。
白い魚と、リークが入ったスープ。
花火があがり、わたしたちは空ばかり見上げていた。
*
「あなたはわたしの神秘を知る。誰も知らないことを、
少しだけ早く、知ることになる。サラ・レイ、
あなたはわたしに望まれている。」
—宇宙
*

*
*
【ボーイキャットのはなし: ちっちゃなサメと、踊る虎たち】
*
*
「きのう夢を見たよ」と、ボーイキャットが言う。ガールキャットが彼の横で寝ている。彼らはあたたかなベッドにいる。二人の足は絡みあい、鼻と鼻がくっついている。
*
「なんだか、飲み込んだら、代わりに飲み込まれてしまいそうな夢だった。」ボーイキャットの声は大きくなってくる。ガールキャットは聞いている。
*
「ちいさなサメが水のなかにいたんだ。それを僕はのぞき込んでいた。洞窟にいたんだ。その近くには池があった。嘘だろって思ったよ。サメは淡水では生きられない。でもそれは間違いなくサメだった。小さなサメで、小さな歯が、小さな顎にきれいに並んでいた。あくびをしたから見えたんだ。」
*
ガールキャットは話を聞くのが苦痛になってくる。それでベッドカバーを引っ張って小さな鼻を隠し、あくびをする。ボーイキャットは彼女の方を向いて顔をしかめる。それでも話はやめない。
*
「昔知っていたサメだった。そのサメが夢に出てきたんだ。あれはまだ、虎たちが街にいるときのことだ。覚えてるだろ? 虎たちが通りをうろついて、猫をつかまえては食べていた。あの虎たちは踊りも踊った。きみも知ってるはずだ。裏道の排水溝に隠れてる僕たちを見つけたら最後、ずっと追いかけてくる。すごくいやだったな。あいつらの追い方ときたら。今だってうんざりする。でも虎たちはいなくなり、踊りもなくなった。今になって、もっとあいつらの踊りを見ておけばよかったと思う。人間たちはあの踊りが好きだった。踊る虎たちのことが。猫は踊らない。そんなわけで、あのサメはその時に会ったサメだった。彼も排水溝に隠れていたんだ。1カ月近くはいたはずだ。もう子どもではなかった。もともと小さかったんだ。これ以上成長しない。行く場所がなく、家族もいなかった。生まれた海は彼には広すぎて、迷ってしまうと彼は言った。文字通りというよりは、精神的にね、と。それで彼は僕たちの街に来て、虎たちを知ることになった。
*
サメが虎と出会うなんて、考えたことあるかい? サメと虎を同時に見たことなんてないだろう? それってスピリタスとアブサンを一緒に飲むみたいなもんだ。でも、ノー。違うんだ。サメは生まれつき性格のいいサメだった。猫を食べようなんて考えたこともなかった。動物を食べるのはきらいだった。魚ですら。排水溝で目が合って、あわてて逃げようとしたときに教えてくれた。僕の頭が外に飛び出しそうになったから早口でそう言ってくれたんだ。そうでもなかったら、僕はその日の虎の餌になってただろうね。そのサメはすごく優しくて、心くばりがあったんだよ。それからもっといろいろなことを教えてくれた。彼はそこに隠れて、どうしたら虎たちを追いやれるか考えていた。そのときはまだ何も計画できていなかった。でも虎にはサメみたいな歯がないことを彼は知っていた。だから戦いのときにはまず歯を用いるべきだと考えていた。問題は、水がないところでは動き回れないということだった。排水溝にはかすかに水がたまっているから、それに沿って街を移動することはできたけど。」
*
「だけど思い出せないんだ、」と、ボーイキャットがそこで一瞬止まる。突然ベッドから起き上がる。「どうしてサメはそんなことしようとしたんだろう。なんで僕たちを助けようとしたんだろう?」
*
ガールキャットが何か言うかと思って、彼は少しのあいだ黙る。しかしガールキャットはちょっと不愉快になっている。彼のせいで掛け布団がずり落ち、寒い。だから返事はしない。これ以上何も言ってはくれないだろうと見定めたので、ボーイキャットは話を続ける。
*
「というわけで、サメといろいろな話していたら、もう夜になっていた。だからその日は家に帰ったんだ。虎たちは夜には行動しない。僕たちの目は、あいつらのよりずっといいからね。たぶん、サメも同じような目してるんじゃないかな、今になって考えてみれば。次の日僕は光とともに目を覚ますと、排水溝まで走って行った。もう一度サメに会えるか、気が気じゃなかった。サメはちゃんとそこにいて、さっきも言ったと思うけど、それから1カ月近く排水溝に潜むことになったんだ。僕は毎日食べ物を持って行った。サメが食べたのは、そう、種だけだったんだ。果物の種だよ。スイカやリンゴやオレンジなんかの小さい種から、モモやプラムやアボカドの大きな種まで。歯ごたえのいいものならなんだってね。ある日、鮭の塊を持って行ったことがあった。魚市場のうらのごみ箱でみつけたんだ。でもそれを見たとたん、サメは思わず泣きそうになった。それから精霊や魂なんかの話をしてくれた。僕はちゃんと聞いていたけど、頭のなかではなんだか変だなと思っていた。僕たちには9つも魂があるから、1つしかないやつらのことなんて、なかなか想像できないだろ? とにかく。こうして僕たちは友情を築いた。サメは僕の鋭い爪で引っ掻いてもらうのがすきだった。僕もそうするのがすきだった。サメの肌はすごくざらざらしてるから、研ぐとすごくきもちがいいんだよ。僕は毎日彼の元に通うようになって、昼のあいだはたいてい一緒にすごした。
*
時間はながれて、とうとうその日が来た。雨降りの日だった。人間の言葉で、キャッツ・アンド・ドッグみたいな土砂降り、とか言うのがあるよね。どうしてだか知らないけど。その通り、雨は一日中降り続いて、ついに7時ごろだったか、排水溝の水があふれて通りが水びたしになった。それでサメは一直線に虎の元へ泳いで行ったんだ。街の外れにある山のふもとにある、あの洞窟だよ。あそこには池があって、雨のおかげで水でつながっていたから、そこまでは難なく行けたんだ。僕は水から頭を出して、彼の背中に乗って一緒に行った。楽しかった。あんなに早いスピードで移動したことなんてなかった。光速みたいというか、宇宙のスピードに乗っているみたいだった。池のへりまできたとき、洞窟のすみで虎たちが丸くなり、ぐっすり眠っているのが見えた。僕はサメの背中から飛び降りて、おとりのつもりで虎たちに近づいていった。こわくはなかった。本当だよ。このサメならなんとかしてくれるとわかってたから。それくらい信頼してたんだ。つま先だちで洞窟のなかに入り、手で一匹の虎の額に触れた。額のしましまはかっこよかった。ばりばりと折れた肋骨みたいだった。虎はたちまち僕に気づいて、うなり声をあげた。そのときの振動をまだ覚えてるよ。僕は身体じゅうが震えてしまって、膝から地面に崩れ落ちた。サメは水から一気に飛び出し、僕の前に着地した。水の外に出ても大丈夫みたいだった。たぶん、しばらくのあいだなら。虎たちはもうみんな目を覚まし、僕たちを取り巻きはじめた。サメが顎を開いて大きな声を出した。聞け!!!虎たちは一瞬動きを止め、じっとした。だから僕は安心した。それでも次の瞬間には、一匹の虎が飛びかかってきて、サメを飲み込もうとしたんだ。僕にはそう見えた。
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でも違った。その虎は両腕をがばっと広げて、サメをぎゅっと抱き締めたんだ。にんまりと笑って、いや、むしろやわらかい微笑みを浮かべて。それから一匹、また一匹と虎たちはサメめがけて走り寄り、彼を取り囲んだ。そしてあいつらは、なんとも幸せそうに彼をぎゅっと抱き締めだした。喜びで涙をながしている虎もいたし、祈りの言葉をささげ、サメに出会えてどんなに幸福かと口に出す虎もいた。幸せそうな虎たちの塊のなかで、サメがどこにいるのか僕には見えなくなっていた。そんな光景を前にして、僕はどう感じていいかよくわからなくなってしまった。虎たちは至福に震えていた。僕たち猫を食べてしまうような虎たちが、目の前で最大の幸福に陶酔していたんだ。僕は未だに立ち上がることができず、地面に座ったまま、しましまの身体がいくつも、幸せそうに揺れているのを見ていた。毛だらけの頬をサメにこすりつける様子は乱暴とも言えるくらいで、虎たちの骨がサメの身体に当たる音が聞きこえてきた。
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それからようやくサメが出てきた。身体をくねらせて虎たちの抱擁から逃れ、水のなかに飛び戻った。僕もあわててサメの背中に飛び乗った。間に合って本当によかったよ。サメのひれにしっかりつかまって振り返り、最後に虎たちを見た。するとあいつらはもう丸くなって、眠りに戻っていた。いや、もしかしたら虎たちは、僕たちの侵入にも気づかず、ずっと眠っていたのかもしれない。もしかしたら僕が見たのはただの夢だったのかもしれない。果たしてさっきまで起こっていたことは本当だったのか、サメに訊こうとしたけど、なんだかそんな気になれなかった。彼は街に向かって泳ぎつづけた。今度は普通のスピードだった。水はもう退きはじめていた。街の入り口で僕をおろすと、彼はひれを挙げて会釈した。僕たちの目が合った。同じ目だ。ちょっと茶色くて、半透明で、黒い線が一本走っている。もしかしたら、注意深く見てやれば、虎たちも同じ目をしていたのかもしれないな、と僕は少しの間物思いに沈んだ。我に返ったとき、サメはもういなくなっていた。僕は家に帰り、翌日になってあの排水溝に戻ってみたけれど、サメはやはりいなかった。虎たちもだった。消えてしまったんだ。そういうわけで僕たちは今、虎に怯えることなく街をうろつき回れるってわけだ。そしてそれは、サメのおかげなんだよ。ねえ、聞いてる?」
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ガールキャットは聞いている。彼女は話に夢中になっていて、ベッドに起き上がっている。
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「それで、そのサメが夢に出てきたのね?」ガールキャットがたずねる。「すごく勇敢で、すごく変なサメよね?」
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「そうだね」と、ボーイキャットが返す。「夢のなかで、僕は洞窟にいた。虎たちが昔いた洞窟だよ。僕は池のふちに立っていて、下をのぞき込んでいた。サメが水から顔を出した。僕は彼の目を見て、彼も僕の目を見た。それから僕は彼に飛びつこうとした。彼のことを抱き締めようとしてね。虎たちと同じように、彼を抱き締めようとしたんだよ。抱き締めようと… 彼に良いことをしたくて、街を救ってくれたことを、感謝したくて、だから僕は…」
*
それからボーイキャットは黙ってしまう。彼の身体は小さく震えている。それを見たガールキャットは手のひらを彼の肩に乗せ、「どうしたのよ?」と訊く。「それでどうなったの?」 ボーイキャットは顔を上げて彼女を見つめる。それからちょっと間をおいて、しゃべりだす。
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「飲み込んだんだよ、彼を。僕は顎をぐっと開いて、彼を丸飲みにしたんだ。抱き締めようとしたんだ。でも代わりに僕は、彼を食べてしまった。良いことをしようとしたんだ、彼にまた会えてとっても嬉しいって言おうとしたんだ、あのとき虎が感じたみたいに感じたかったんだ。幸せを。虎たちみたいになりたかった。サメを抱き締めて、喜びを感じたかった。至福で身体を震わせたかった… そうしたかった、そうしたかったんだ…」
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ボーイキャットは泣き始める。が、涙はすぐに乾いた魂にしみ込んでしまい、決して流れることはない。喉が渇いていた。身体のなかで、骨が間違った音をたてている。彼はベッドから這い出て、バスルームに行く。鏡の前に立ち、自分の顔を見る。尖った耳、両脇にのびた長いひげ。それから二つの目を見る。それはサメの目とも、虎たちの目とも違っている。彼の目は、暗く、不透明で、世界中のすべてのものを飲み込んでしまうかのようだ。ベッドでガールキャットが彼の名前を呼ぶ。でも彼には何を言っているのかわからないし、その声を聞くこともできない。
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(それから彼は目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が流れ込む。ガールキャットが横に寝ている。二人の足は絡まりあっている。カーテン越しの光が、彼女の頬を桃色に染める。ボーイキャットは彼女の身体の暖かさを感じ、また夢へと戻って行く。)
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【TALE OF A BOYCAT: with a tiny shark and the dancing tigers】
“I had a dream last night,” said the boycat. The girlcat is lying down beside him. They are in the warm bed. Their feet tangled, noses touching each other. “
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The dream was like a dream you can swallow, and swallows you in return.” His voice is now raised. A girl cat is listening.
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“There were a tiny shark under the water, which I was looking down. I was in the cave. I was in the cave and there was a pond. I thought it should be wrong. Sharks cannot live in the fresh water. But it was of course a shark, a tiny shark with tiny teeth lining beautifully along his rather tiny jaws, I could see it when it yawned.”
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The girlcat feels inpatient listening the story, and covers her little nose with bedcover and yawns. The boycat turns to her and frowns, but he keeps talking.
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“I actually knew the shark from before. So this shark appeared in my dream. It was the time tigers were around the city. You remember. These tigers on the street to find cats to eat, and they could dance, you know. They followed us all the way when they caught us hiding in the ditch on the back street. I hated that. I hate it now if they come after us. But no, tigers were gone and they stopped dancing. Now that I think, I should have seen them dancing. People liked it. Dancing tigers. And cats don’t dance. Anyway, I remember the shark from that time. He was also hiding in the ditch. He was there like almost a month. He wasn’t a child anymore. He was naturally tiny, won’t get any bigger. He had no place to go, and he had no family. The sea he was born was too large for him. He could easily get lost, though not literary, but spiritually he felt he said. So he came to our city then got to see the tigers.
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Have you ever imagined that sharks would meet tigers? Have you seen them at once? It’s like drinking spirytus and absin at a time, you imagine. But lo. And no. The shark had a good nature. He didn’t even think about eating cat. He didn’t like eating animals, or even fish. He told me so the moment our eyes met in the ditch, when I was about to rush away. He told me so rapidly that I wouldn’t have to pop my head out from the ditch, which would have made me a tigers’ diner of the day. He was that kind and careful. He told me that he was hiding there and thinking hard, so he could send these tigers away. He didn’t have any plan at the time. But he knew tigers don’t have teeth like sharks, which he was thinking to employ when the fighting happened. The problem was he couldn’t move around the city if there weren’t any water. He could travel through the city swimming along with the scarce water in the ditch.”
*
“But I don’t remember,” the boycat pauses at that, suddenly sits up on the bed, “why he was trying to do that, I mean, why he had to save us.”
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Expecting something from the girlcat, he pauses. But the girlcat feels uneasy because the comforter is now half pulled because of him getting up, and feels cold, so doesn’t bother replying. With no more apparently forthcoming, the boycat starts to tell the story.
*
“So anyway, after talking and talking, the night was already coming, so I went back home. Tigers don’t move around in the dark. Our eyes are way better than theirs. I guess sharks have the same kind of eyes, they look almost the same, now that I think. The next day, I woke up to the light, and hurriedly went down to the ditch. I was uneasy till I could see the shark again. He was there, and as I told you already, he would be there for, about a month. I brought him food everyday. He would only eat, well, seeds. Seeds of fruits, from small ones such as of watermelons, apples, oranges, to big ones of peaches, plums, avocados… Anything crunchy. Once I brought a chunk of salmon I found on a bin on the back of fish market, but he was about to cry to see it. He told me about spirits and souls and such, which I’d listen but was thinking how it strange when we have nine souls and it’s hard to imagine to have only one soul… So, in this way, I made friends with the shark. He liked to be scratched with my sharp nails, and I liked it to. You know, they got rough skin, and it felt so good to claw on it. So I visited him everyday, usually spent daytime together.
*
Time passed and the day came. It was a rainy day. People say it rains like cats and dogs somehow. I don’t know why. It kept raining all day long, and finally, about 7 at night, the water overflowed from the ditch, flooded over the streets, and the shark went up and swam straight to where tigers gather: the cave under the mountain outside the city. There was a pond and now it was all connected under the water, so he could easily swim to their cave. I was on the back of him, head popped out from the water. It was fun. I’ve never been on that speed. It felt like we were traveling light speed, or maybe the speed of universe, kind of. At the edge of the pond, I could see them curling up in the corner of the cave, all asleep. I jumped off from his back and moved toward the tigers as a lure. I wasn’t afraid. No, I wasn’t. I knew the shark would do good. I trusted him that much. I tiptoed into the cave, and touched one of the tigers with my paw, on the forehead. I liked how they got stripes on it. They look like broken rib bones. The tiger noticed me in no time and growled. I still remember the vibrance the growl gave. My whole body shook and I went down to my knees. Then the shark dashed out of the water and landed before me. He seemed to be alright outside the water, maybe for awhile. By the time all the tigers had awoke from their dreams and started to surround us. Then the shark opened his jaws and roared, Hark!!! The tigers stopped and for a moment stayed still. I felt relieved. But the next moment, one tiger jumped over and tried to swallow him, I thought.
*
But no. The tiger stretched his arms wide, and hugged him tight. With a grin, or I should say a big smile on its face. Then one by one the tigers rushed to the shark and gathered around and hugged him and cuddled him all so happily. Some of them were even crying in joy, or mumbling a prayer, expressing how blessed they were to see the shark. I couldn’t see where he was among the mass of these happy tigers. I don’t know how to express what I thought at the sight of that. They shivered in bliss. Those tigers who, would eat us cats, were now in euphoria. And I was there, on the ground, still couldn’t stand up, watching the stripy bodies shivering in happiness. Rubbing their furry cheeks against the shark, almost violently, and I could almost hear the the sound of bones knocking against the shark’s body.
*
Finally the shark came out, squirming out of the tigers’ embraces, and went rushing in to the water. I too rushed on to his back. Good grief, I didn’t fail. Clutching his fin, I turned and saw the tigers for the last time. They were there, curling on the ground, already went back to sleep. Or maybe, they had been asleep, never noticed our intrusion and all I saw was just a dream. I tried to ask the shark if it really had happen or not, but somehow I wouldn’t bother. He kept swimming, this time in a normal speed, to the edge of the city, where the water was already drying. He dropped me there, then raised his fin in a salute. Our eyes met. The same eyes. Brownish, translucent eyes with a dark slit in each. Maybe, my thought drifted, tigers have the same kind of eyes, if I would have seen them carefully. By the time I came back to myself, the shark had gone. I went back home, and returned to the ditch next day, but he was no where to be seen. Also the tigers. They disappeared. And so we are now free to move around the city, without the fear of tigers, and I believe, it’s all thank to the shark. Are you listening? “
*
The girlcat was listening. She is now so fascinated by the story and is sitting up as well.
*
“So, the shark came to see you in the dream?” The girlcat asks. “The very brave, very weird shark, isn’t it?”
*
“Yes,” the boycat answers. “In the dream, I was in the cave that the tigers used to hang around. I was there, standing on the edge of the pond, looking down. And the shark popped his head out of the water. I saw his eyes, and he saw mine. The next moment I jumped into him, trying to hug him, like the tigers did back then. I was trying to hug him, I was… I was trying to be nice to him, to thank him for what he had done for our city, I was going to… then, “
*
The boycat stops talking. His body is shaking. At that, the girlcat notices and puts her paws on his shoulder and asks, “What’s wrong? What happened next?” The boycat looks up to her, and pauses for a moment, and says,
*
“I swallowed him. I opened my jaws and swallowed him in one go. I wanted to hug him but instead I ate him. I wanted to be nice, I wanted to tell him how happy I was to see him again, I wanted to feel like what the tigers felt at that time. I wanted to be happy, I wanted to be like them, hugging him in joy, shivering in euphoria… I wanted to, I wanted to… “
*
The boycat starts to cry but the tears are at once absorbed into his dried soul and won’t be shed. He is thirsty, and feels like his bones are making wrong noise under his body. He crawls out of the bed and goes to bath room. Standing in front of the mirror, he sees his face. Pointy ears, long whiskers that stretch to sides. Then he sees the eyes. They are nothing like the eyes he saw in the shark, nor the tigers. His eyes are all dark, opaque, and almost seem like they could swallow everything in the world. From the bed, the girlcat calls his name. But he cannot make out what she says and even cannot hear.
*
*
(And then, he wakes up to the sunshine coming through the curtain. Beside him is the girlcat, their legs entwined. The light turns her furry cheeks pink through the curtain. The boycat feels the warmth of her body and goes back to his dream. )
*
*
*
▲ | reblog超私的文芸誌、(unintended.) L I A R S が、完成しました!

情報でも事実でもない、嘘=物語しか載っていない雑誌、もっと気軽な文芸誌がほしいと思っていました。そして、みんなが密やかに心のなかで抱いている嘘=物語を分かち合える場所があったらいいなと思って、つくりました。いつもブログで書いている文章以外にも、嘘を喚起させる写真や嘘の日記、嘘のレシピ、友だちに書いてもらった「髪にまつわる嘘のものがたり」など、盛りだくさんです。これからも号を重ねていく予定です。「嘘つきたちのための雑誌」、よろしくお願いします!
【置いてある場所】
現在、三つの委託場所が決まってます。
・吉祥寺のセレクトブックストア「百年」
(http://www.100hyakunen.com/)
・中野のインディーズ書店「タコシェ」
(http://tacoche.com/)
・新代田のギャラリーカフェ「commune」
(http://www.ccommunee.com/about.html)
*百年とタコシェには納品済み、communeは年明けから店頭に並びます!
(あと、パートナーである成重くんの個人的ヘアサロン、koko Mänty (kissa) http://kokomanty.com/ にも置いてありますし、わたしに直接ご連絡をいただいても大丈夫です。)
【仕様】
A5、フルカラー、本文24ページ、無線綴じ
定価880円(8は、わたしの神秘数、アーンド、末広がり、無限)
ぜひぜひ、お手に取って読んでみてください!よろしくお願いします!
【1】
朝起きて、電話がかかってきたので、無視しようかと思いました。まだぐずぐずと寝ていたから。でもかけてきたのは恋人だったので、何もしゃべれなくてもいいやと思い、通話ボタンを押しました。結局何を言っているのかよくわからなかったです。でもわたしは今までに無いほど落ち着いた心で掛け布団を裏返し、髪の毛を縛り、それから歯をぱぱぱと磨いてほとんどパジャマにコートを引っ掛け、15年ぶりくらいに走りながら動物病院に向かいました。どういう顔をしたらいいんだ、と横断歩道を渡りながら考えていたのですが、そのとき思いついた表情を忘れ、ただ冷たくひきつれた顔で「おはようございます」と言ったのです。涙はこの際関係ありません。それから、一時間近く、ずっと待つことになりました。もう待つ必要などない、すべてはそこで完結していたのにも関わらず、えんじ色の上下を着たいつもの女の先生のすることを見ていました。両手を重ねて、押していました。おそらく早朝からずっと、もう2時間以上押しているのです。わたしは左に揺れたり、前のめりになって毛のなかに手を入れたり、でも顔は触れませんでした。空気をおくるために、丈の短いメガホンみたいなものにすっぽり包まれていたから。わたしは激情的でした。劇場的といってもいいかもしれません。声の出し方や、涙の出し方、泣き声の出し方がよくわからなくなり、一瞬考えなければならなかった。台詞を忘れた舞台俳優がスポットライトに照らされる。わたしはこの女の人と、一対一で会ったことはありません。いつもは恋人も一緒にいましたので、何かの振りをする必要はほとんどなかった。けれど彼の仕事に区切りがつくまで、あと30分あります。仕方が無いので、わたしは天井のすみずみに目を走らせて、魂ばかり探していました。時折、予期せぬ泣き声がでて、そのたびにしゃくり上げ、身体ぜんたいが頭一つになったきがしました。その時のわたしには、首から下の感覚がありません。血と水が頭に全部いってしまったので、わたしは頭一つでそこにいました。女のお医者も必死でしたから、それに気がつきません。声を出すのは好きでした。こういうときは、出しても良いのだと、心のなかではわかっていました。傍若無人なのです、わたしは。ただ、普段はそういった舞台がありません。けれど本当はいつだって、そうなのです。だから実際にはわたしは大声で泣き、大声で名前を呼び、顔をぶんぶん降りながら魂を見つめ、しゃがみ込んだり右の壁にぶつかったり、それでもたいていの場合はまだ暖かいその毛のなかにすっと手を差し込んで、大切な生き物の身体を左右に撫でていました。いろいろなものが分離している時間でした。たとえば、先生とわたし、先生と先生の両手、大切な生き物の身体と魂、空気と肺、わたしの身体と頭。プラスティックの容器が落ち、愚鈍な音をたてました。わたしはびっくりして小さく跳ねる。時計は9時45分を指し、ステンレスの上で時を刻み続けます、細かく。恋人が来ました。「でもまだ死んでないんでしょう?」と言いました。一番最初の言葉、わたしは頭にずきんと痛みを感じて目が膨らんで閉じた。外の空気で冷たいウィンドブレーカーのかさかさ言う音がうるさい。わたしの顔からしずくがぼたぼたと落ちる。そしてまた沈黙です、腕が上下する、女の先生の顔がゆがむ、わたしはどこかへ行っている気分になっています。誰も何も切り出せないというのは、どんなに気詰まりなのでしょう。何も待つことはないのです。終わっているのに、終わりを告げることができない。そして終わっているからこそ、我々で終わりを示すことができる。誰か何か言ったでしょうか?どうして我々は、言葉無しには何もできないのでしょうか?こんな時に、こんなところで、小さな命の終わりを見つめて、言葉など。「お願いします」だとか「ありがとうございました」だとか「それでいいです」だとか、「また連絡します」だとか、どうしてそんなことを言う?わたしが言っていたのです、頭一つで、身体はまだ戻らず、顔中濡れているのに。あの猫とわたしの間には、言葉などいらなかった。
【2】
男はタオルとブランケットにくるまれた猫の身体を抱えている。隣に歩く女の足取りは危うい。久しぶりに見る朝の光はあまりにも透明だ、と彼女は感じる。世界中に訴えかけるように泣く。彼はずっと黙っている。子どもを自転車に乗せた女が通りすがる。犬を連れた老人がうろつく。世界は彼と彼女とその猫だけのためにあって、神さまはそれを少しだけ許した。彼らのためにそう嘘をついた。
【3】
「どのセーターよりもまだ暖かいみたい、本当にわたしの身体よりも暖かいよ、不思議」スツールは猫の大きさにぴったりで、フトンをかけてベッドに寝ているように見えてかわいい。目はうっすらと開いていて、毛はいつもよりもぼうぼうで、寝ぼけているようでとてもかわいい。「ああああ!呼吸しているようだ!身体が動いている」そう思ったのは、つまり勘違いで、わたしの肺が膨らむことで身体が上下しているだけ、自分が動いているだけ、自分の目が上と下に移動しているから猫が動いているようにみえるのだ。「地震のときもそうだった。揺れているのかと思ったら、自分の心臓がばくばくしているから、それが振動かと思って」すべてはわたし中心に動いてしまう、世界。「暖かいよ、暖かいよ、暖かい!だいすき!顔をこう、彼の毛のなかに突っ込んで、頭を左右に振ると、最高!最高にかわいい!だいすき!」死んでしまった、わたしたちの猫は、とてもかわいい、かわいい、かわいい。
【4】
12月の冷たい朝、全部が透明になる日、太陽が、すべての境界を溶かしていく。僕はブランケットにくるまったまま、なかなか起き上がることができない。おかしいな、と思う。いつもはあいつらが起きる前に、僕は居間からベッドルームに移る。女の方が少しあったかいから、たいていはその上にくるりと丸まる。僕は太陽が好きだ。暖かくて、強い気がする。人間よりもずっと優しい。あいつらが起きる前に、僕は僕の存在を世界に知らせる。おはよう、おはよう、おはよう。そうすると世界は僕に言う、おはよう、若い猫ちゃん、今日も猫には良い日だよ。女は起きるのが遅いので、僕はたいてい昼までその上で寝ている。時たま寝ぼけた手を差し出して、僕のあごのしたを触る。気持ちがいいのは、女のせいじゃない。僕が猫だから、気持ちがいいのだ。僕が猫だから。だけど今日は、何かがおかしい。身体が動かない。光がうまく届かない。女と男が僕を見下ろしている。変だな、変だ。二つの身体が太陽を遮っている。黒い二つの人間の身体。おはよう、おはよう、おはよう。僕は静かにつぶやく。見下ろすのは、僕の役目なんだ。なのに今日は。おはよう、おはよう、おはよう。世界はいつもより少し遅れて僕に返事をする。おはよう、若い猫ちゃん。今日から君は、世界の一部だ。
【5】
世田谷のとあるお寺、その隣には近代的な建物。スーツを着込んだ若い男が、喪服姿の恋人たちを迎える。すべてには、2時間ほどかかります、と言う。恋人たちはそれを了解する。小さな台の上に、大切な生き物を載せ、その周りに花と食べ物を飾る。一枚の絵画みたいなシーン。恋人たちはそれぞれのフィルムカメラを取り出し、撮影する。前から、後ろから、生き物と一緒に、花の位置を変えて。少し喜々としてさえいる。若い男は、金属の入っていないピアス穴をいじる。新しく実家で飼いはじめた子猫のことを考える。ここでは時間は関係ない。誰も時間ですよ、とは言わない。誰もせかさない。一挙一動が追悼の儀式。そして最後には滑るように送りだす。ぬくもりと毛の柔らかさの終わり。ストーブが炊かれた待合室で恋人たちは待っている。もはや待つ者は来ぬのに、待っている。暖かいお茶が提供され、その時女の方がふっと微笑む。一定の時間が過ぎていく。四角く区切られた漫画のコマ幾つ分か、黒く塗りつぶす。ご用意ができました、と若い男が言う。静かで、丁重だが、きっぱりとした口調。ステンレスのバット二つ分、そのなかに並べられた骨。仏のようなのど仏、先端からきれいに並べられたしっぽの骨、指いっぽんいっぽんの小さな骨、鋭さを失った歯の欠片、繊細な頭蓋骨、強靭な足の太い骨、ゆるやかなカーブを描く肋骨が幾本も。若者に促され、恋人たちは一つずつ収めていく。すべての骨を、箸で、それから指で直につまんで、白く丸い、井戸のような壷にしまっていく。恋人たちはたのしいと思う。恋人たちは美しいと思う。美しい、大切な生き物の骨を、ゆっくりと、誰にもせかされず、誰にも咎められず、愛でながら、収納する。あたらしい形になった、大切な生き物。あたらしい出合い、これからもずっと続く、大切な生き物の、あたらしい在り方。馴れるのには時間がかかるだろうか。毛むくじゃらで、眉毛やひげがピンと何本も伸び、ときたまニャーと鳴いていた柔らかな生き物が、今ではつるつると丸みのある、触りの冷たい陶器のなかに入り、安い繊維で織られた包みに覆われ、膝の上でかちゃかちゃと音を立てている。あたらしい在り方との、あたらしい出合い。何かを失った恋人たちの、あたらしい生活。彼らは今、それをデスクの上に置いている。キャンドルが炊かれ、その上の壁には大きく引き伸ばされた何枚かの写真が、額縁に入れられ飾られている。いずれ供え物の数は減り、キャンドルの丈は縮み、水を入れた皿は無くなるかもしれない。それでも西洋人の居間よろしく写真の数は増えるはずだ。まだまだ焼くべき写真は残っている。フィルムのなかに溶け込んだ大切な生き物。紙一杯に広がる一つの存在。今、女は首の下の毛の代わりに、包みについた紐飾りを撫でる。猫の名前を呼び、ガラスの奥に写った猫の顔に指を走らせる。「どこにでもいるのよ!」と女は言う。”Now he’s everywhere!” とわざわざ英語でも言い直す。あたらしい在り方との、あたらしい出合い。あたらしい存在との、あたらしい暮らし。女は写真を見てふっと笑う。男は女を見て微笑む。キャンドルの火が静かに揺れる。そして愛された生き物は、世界の隅々から、恋人たちを見つめている。

だいすきなテト。わたしたちはきみを忘れないし、忘れるかもしれない。それでもそんなことは関係ない、だってわたしたちはきみだし、きみはずっとわたしたちだ。みんな、一緒なんだよ。みんな一緒、みんな少しずつ、みんなそれぞれの一部なんだ。毛だらけのきみはとてもかわいかったし、骨になったきみはいつまでも美しい。ニャー。
▲ | reblogWe stayed Taipei for the first time. They’re the things we saw, we felt, and the people we met, maybe only happened once in a lifetime.
The scenes, that could only be reminded by looking through the pictures, and could not yet be completed. While it might not deserve to be called “a journey”, but still it bears whole lot of meanings to be photographed, and captured in ones heart.
Somehow I was greatly attracted to trifling details of their everyday lives: laundries hung outside, straying dogs, snacks cooked outside stalls and eaten on the streets, loud signs, and their everyday rides; scooters.
Things they see everyday, things they use every they; but those things we treasure, since we are not there everyday. This wonder of uncommonness. This awe, or even a fear we are struck by, when we touch something different, yet somewhat feel old and familiar, like we used to know, like we used to be linked with, this sense of a connectedness, and we reconnect again, by us taking, capturing, to be ours, again.
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